大石さんに聞いてみよし!『花札の絵は誰が描いたの?』
皆さんこんにちは。
申し遅れましたが、昨年までは広報Fとしておりました藤澤です。
しかし、各方面より『大石さんのブログを書いている広報Fって、藤澤さんですか?』って聞かれ、そうですと答えると『やっぱり』とか『そうだと思った』とか、ほぼバレている状態で、逆に何故Fにしているのか聞かれます。
毎回、答えるのが面倒臭いので、今年から普通に名乗る事にしました。
改めまして広報の藤澤です。
宜しくお願い致します。
さて花札の絵。
これはメーカー違いも含め、だいたい一般的には八八花札がスタンダードでしょう。
八八花札(はちはちはなふだ)とは昔関東で遊ばれていた碁石やだるまなども使う、お座敷遊びの一つで、花合わせは八八の遊び方を簡素化したものです。
八八(はちはち)というのはおそらくですが、花札の点数を合計すると264点、これを3人で対戦した場合、一人あたり88点となります。
勝負後 自分の点数計算の際、88点より上か下か(他のプレーヤーより超えたか下回ったか)だけ計算すれば、自分の点数が計算しやすいという小技があり、そこから付いた名称なのかな?って思います。
話はそれましたが、今回のお題『花札の絵を描いたのは?』
どどどん!(チコちゃん風)
『琳派の誰か~!』
いやいや
誰やね。
それは分りません。
平成27年(本阿弥光悦が京都鷹峯に光悦村を拓いて400年の年)に、琳派のイベントが多く行われ、琳派の専門家や研究者に意見を聞く機会が多かったと当店九代目が話していました。
実際、嵐山で開催されたイベント『琳派400年記念企画展 京都企業に息づく琳派・ものづくりのルーツを探る』にも九代目は参加しパネルディスカッションを行っております。
その際、花札の絵柄は、琳派の画風要素が多く含まれていると聞いたそうです。
アシンメトリー(左右非対称)や対象物の誇張なども確かに琳派と言えますよね。
また、色使いや曲線、トリミングの活用なども琳派を感じさせているようです。
もしかしたら、金銀を配した豪華絢爛な花札が存在したのかも知れませんね。
『杜若と八橋』札や、『芒に満月』札などは、琳派っぽいですもんね。
ただし、実際48枚の絵を琳派の絵師が一人で描いたというのも不自然に感じます。
何の為に?
誰の為に?
以前からうんすんかるたの絵があったのに、花札に変える必要性があったのか?
など
もしかしたら、琳派の誰かが書いた作品を、盗用・参考・アレンジした人が寄せ集めて出来たのかもしれませんね。
一枚づつ見ると(こんな絵 琳派の人が描くかなァ?)と思う部分もあります。
例えば、赤短や青短の短冊の絵なども、花札の絵以外にはあまり見た記憶がありません。
雨の鬼札(化け札)も、琳派か?って感じです。
結論から言うと(琳派の絵師の誰かが描いた絵を寄せ集めた、誰かの絵が花札の絵)であると筆者は考えます。
※諸説あり、筆者の感想や想像が多分に含まれます。